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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9332号 判決

原告 柳沢二三子

右訴訟代理人弁護士 円山潔

被告 はま子こと 松本はま

被告 菊地こと 菊池実

右両名訴訟代理人弁護士 樋渡源蔵

主文

被告らは原告に対して別紙目録記載建物の占有部分を明渡せ。

被告松本はまは原告に対して昭和三六年一月一日から右建物明渡済に至るまで一ヶ月金六〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は、原告が被告らに各金七五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、本件建物の所有者がもと訴外日野喜一郎であつたこと、登記簿上池田正勝が競落によつて所有権を取得し、更に原告が昭和三六年五月二四日に右池田から買受けたとして所有権移転登記をなした事実は当事者間に争いがない。

被告らは、本件建物の実体上の所有者は日野喜一郎である旨主張して、原告の所有権を争うが、右争いがない登記簿の記載と、≪証拠省略≫によれば本件建物は原告が訴外池田正勝から代金三、〇〇〇、〇〇〇円で買受けて所有権を取得したものであることが認められ、反証はない。

二、被告らの占有権原について

1、被告らが本件建物を共同して占有している事実は当事者間に争いがない。

2、≪証拠省略≫を総合すると、

(1)、日野喜一郎は、終戦後本件建物を建築してここで風俗営業のカフエーを経営していたが、昭和二九年頃はその経営も思わしくないため、他に適当な経営者があれば本件建物を賃貸しても良いと考え、かねて知り合いの被告菊池に適当な借り主を探すよう依頼したこと、

(2)、被告菊池は昭和二八年頃からキヤバレー等の経営顧問をしていたところ、右のように日野から借主を探がすよう依頼されたものの、思わしい借主も見つからないままに、昭和二九年一〇月半頃自己が経営者となつて、本件建物で営業してみたい旨を申し出たところ、右日野も賛成し、本件建物は、当時被告菊池と内縁関係にあつた訴外木賀トクが借主となつて借り受け、従前日野が経営していたと同様の風俗営業を継続することにし、同年一一月八日頃被告菊池が代表者となつて、もと日野が主宰していた有限会社金の星なる会社名義で営業を開始すると共に、同年一二月三〇日に、右木賀トクを借主とし、被告菊池が連帯保証人となつて賃料を一ヶ月金三五、〇〇〇円とし、毎月一日にその月分を支払うこと、期間は一年とすること等を定めた本件建物賃貸借契約公正証書を作成し、被告菊池は右木賀と共にその頃から本件建物を共同占有してきたこと。

(3)、被告菊池はその後間もなく木賀との間柄が破綻にひんし、遂には同女が内縁関係を解消して本件建物を去つた為め、貸主たる日野との話し合いで、同女の後釜となつて被告菊池と同棲をはじめた被告松本を本件建物の賃借人とすることにし、昭和三〇年八月二六日頃、右日野との間で、被告松本を賃貸人、被告菊池を保証人として本件建物賃貸借契約の更改契約を締結し、その頃から被告両名で本件建物を共同占有して従前どおりの営業を継続したこと、

(4)、本件建物の賃料は、昭和三〇年一一月一日頃金一〇、〇〇〇円を増額して一ヶ月金四五、〇〇〇円となり、更にその後増額されて昭和三一年一一月一六日本件建物の競売申立にもとずく賃貸借取調のなされる頃には一ヶ月金六〇、〇〇〇円となつていたこと、

(5)、被告らは昭和三五年一一月頃までの賃料は日野喜一郎に支払つていたが、その後は、その支払いを怠つていたこと、

(6)、被告菊池は、木賀トク、被告松本との共同生活を通じ、いずれも「金の星」の経営名義人は、これらの女性名をもつてしたものの、その経営の実権を掌握し、本件建物の利用関係についても、つねに主導的立場にあり、賃貸借契約の締結、及びその更改、賃料の改訂等に際しても常時貸主との直接交渉の任に当り、その決定権をも有していたこと、

の各事実を認めることができる。

3、右認定事実によれば、本件建物は、当初から、被告菊池が、その内縁関係にある木賀、被告松本と共に、共同して使用収益する目的で賃借したものと認めるのが相当である。もつとも、成立に争いない甲第二号証、第九号証には、賃貸人がそれぞれ木賀トク、又は松本はまと、表示されて、被告菊池はいずれもその保証人たる地位しか表示されていないが、これら書面の記載のみによつて直ちに被告菊池の賃借権を否定し去ることはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

4、してみれば、被告らは本件建物の共同賃借人として、日野から所有者たる地位と共にその賃貸人たる地位を承継した池田正勝から更にその地位を承継取得した原告に対してもその賃借権を主張し得べきものというべきである。

5、原告が、被告松本に対して、本件建物に対する昭和三六年一月以降、同年一二月分までの賃料合計七二〇、〇〇〇円を、昭和三六年一二月二五日から一週間以内に支払うよう催告したが、同被告がこれを支払わなかつた事実は当事者間に争いないところ、≪証拠省略≫によれば、池田正勝は、被告菊池に対して昭和三五年一一月一二日に、本件建物の所有権を確定的に取得したので、同日以降の約定賃料はその代理人である松目弁護士に支払うよう催告したに拘らず、被告らはその支払いをしなかつたため、本件建物を原告に譲渡するに際し、昭和三六年一月分から同年四月分までの賃料債権合計二四〇、〇〇〇円をも原告に譲渡し、原告は昭和三六年五月本件建物所有権を取得した後の賃料債権と共に被告松本に支払いを催告したものであることが認められるところ、前認定のように、本件建物は、被告らの共同賃借するものであつて、被告菊池に対してもその支払催告を要するか否かについては、疑いがないでもないが、およそ、右に認定したような被告らの関係のもとに認められる賃借名義人と、その実質的な共同賃借人との関係は、賃料債務の履行については、別段の事情なき限り連帯債務を負担するものと解するのが相当であるから、そのひとりに対してなした請求は他の共同賃借人に対してもその効力を生ずるものというべきであり、これによつて解除権行使の要件たる履行催告の効果も生ずるものと解されるから、被告菊池に対する催告がなかつたからと云つて、その効力に消長をきたすものとは考えられない。(なお被告菊池が原告からの右催告の到達当時、この催告の事実を了知していたことは被告松本はま本人尋問の結果によつて明らかである。)

6、原告が昭和三七年一月二二日に、被告松本に対して右賃料不払いを原因として本件建物賃貸借契約解除の意思表示をした事実は当事者間に争いがない。しかして原告の賃料の支払催告が共同賃借人たる被告菊池に対してもその効力を生ずる以上、これを原因としてした解除の意思表示もまた有効なものとして、被告両名に対してその効力を生じたものと解すべきである。

三、被告らは、抗弁として権利濫用及び、留置権を主張しているが、いずれもこれを認めるに足る証拠はないから、これを採用しない。

四、したがつて被告らは、原告に対抗できる正権原なしに本件建物を占有しているものというべく、これを原告に明渡すべき義務があり、又、被告らが昭和三六年一月分以降の賃料の支払いを怠つていることは、前示のとおりであるから、被告松本に対して、同月一日以降解除の日までは一ヶ月六〇、〇〇〇円の割合による賃料を、解除の日から建物明渡済までは同額の割合による賃料相当損害金の各支払いを求める請求もまた理由がある。よつて原告の請求は全部認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を、各適用して、主文のように判決する。

(裁判官 滝田薫)

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